武田総合病院の可能性が広がる

武田総合病院の可能性が広がる

血友病患者団体で遺伝の問題を討論しようと提起したのに、それが受け入れられなかったのが残念だったことと、放送のなかで血友病患者の思いを率直に語った一家への感動が綴られていた。
番組はビデオに録ったのでコピーをして血友病の仲間に送る、という。
びっしりと文字の詰まった、檄文のような手紙だった。
同封してあった名刺には、愛媛県の患者団体の役職名が刷られていた。
私は「ああ、これ、がウワサのA.Nさんか」と思った。
I.Yさんたち、関西の血友病の青年たちが、折にふれて語っていた。
“四国の親分”にちがいない。
彼らは自慢げに、じつに楽しそうにA.Nさんのことを話の肴にした。
「A.Nさんに会うと、いろんなやつがおるんや、ってわかる」A.Nさんの番組評は前向きで、思いやりにあふれていた。
私にとっては、提案、が通ってから一〇ヵ月もたって、ようやく放送にこぎつけた番組である。
胎児診断という技術が問いかけている問題の意味を十分にわかっている人が、励ましの言葉をかけてくれたのが、何よりうれしかった。
いつか絶対会いに行こうと思った。
しかしその時は次の番組に追われて、簡単な礼状を送ることしかできなかった。
実際にA.Nさんを四国に訪ねたのは、それから一年以上たった一九八八年の秋たった。
愛媛県今治市。
駅からタクシーでひとしきり走る。
家がまばらになり、刈り取られた田んぼの向こうに低い山なみが見渡せる一角に、A.Nさんの家がある。
道の両側は分譲地。
きちんと並んだ家の庭先には必ず人がいて、この一角に入ると、犬の鳴き声の大合唱で迎えられる。
道が行止まった所にあるA.N家の庭には犬小屋はない、が、玄関口に立つと、家の中から何匹もの犬が大騒ぎをして主に来客を告げている声が聞こえる。
ガラス戸を開けると、杖をついたA.Nさんが四匹のポメラニアンに足元を囲まれて立っていた。
苦味走ったいい顔である。
どこか、野武士のような雰囲気がある。
話を始めると、ずいぶん昔からの知己のような気がした。
私はひそかに、「ああ、テレビでよかった」と思った。
A.Nさんの味のある風貌としぐさ、けれんみのない表情、豊富な語彙でしみじみと語る語り口、話の間の取り方、などのすべてが“絵になる”人だったからだ。
ごくまれに、こういう人がいる。
目の前に誰がいても、どんな場所でも、テレビカメラがあってもなくても、自分のペースを崩すことなく自然にありのままでいられて、しかもオーラのある人。
私は“商売っ気”を出して計算していた。
A.Nさんの日常生活をじっと眺め、問わず語りで、めくるめく展開する話に耳を傾けていれば、余分なコメントなしで多くのことが自然に伝わるのではないか。
この人を通してエイズを語れば、エイズについての正しい知識だけでなく、エイズは単なる難病にすぎないこと、患者や感染者を追しつめているのは日本社会の未成熟な貧しさであることまで表現できるのではないか。
そして同じ病気の人だけでなく、多くの人を「人間は捨てたものじゃない。
どんな逆境でも人生は楽しい」というメッセージで勇気づけるにちがいない。
A.Nさんは自分の状態を「気がついたら、ひとり、すっくり立っていた」と言ったガンの言葉どおりの人たった。
アメリカの女性評論家、S.Sは『隠喩としての病エイズとその隠喩』の冒頭で、「病気とは隠喩などではなく、従って病気に対処するには、最も健康に病気になるには、隠喩がらみの病気観を一掃すること、なるたけそれに抵抗することが最も正しい方法である」と述べている。
エイズの広がりは、軍事的な隠喩である。
“侵略”や“汚染”のように言われることがある。
またエイズは社会や特定の集団に下された。
天罰”として受けとめられて、病人が裁かれたり、社会から差別されたりする。
このようなエイズに関する安直な隠喩が独り歩きをして、必要以上に患者を苦しめている現実は、アメリカでも日本でも変わりがない。
A.Nさんは隠喩がらみのエイズ観を笑い、「健康にエイズになる=普通の病人になる」という実例を示そうとしているようにみえた。
A.Nさんとは、すでに何度も電話のやりとりをしていた。
血友病患者へのエイズの感染を防ぐための対応に遅れたうえ、責任を回避している国と製薬会社。
エイズパニックを最大限に利用して、感染者の取締まり強化のためにエイズ予防法を成立させようと躍起になっている自民党と厚生省。
その尻馬に乗って「エイズは怖い」キャンペーンをはり、感染者の人権を無視してエイズ差別を助長しているマスコミに感染者が恐怖におののいて身を隠しているだけでは、この状況は変わらないとA.Nさんは考えていた。
一九八八年の秋といえば、前年のエイズパニックで浮上したエイズ予防法案の審議が始まり、血友病患者団体は危機感を深めて反対運動に奔走していた。
多くの患者たちやその家族が、国会議員や厚生省への陳情をくりかえしたが、各方面からの反対を押し切る形で審議は進んでいた。
私はエイズ予防法案の問題点を問う番組にとりかかっていたので、血友病の人たちと国会や厚生省をまわり、街頭でビラを配るのに同行し、ロケを行っていた。
衆議院の社会労働委員会で法案推進の中心にいた自民党のT.Y議員は、「野放しにして、他の人にうつしてもいいのか。
現行では勧告・助言すらできない。
これはペストではなくベターな法案だが、代案がない。
やらざるをえません」と、八八年一〇月二一日のインタビューに答えた。
法案の真意が、感染者の管理にあることは明らかだった。
この頃、審議が思うように進まない状況を打開するために出てきたの、が、血友病患者のエイズ治療費や生活補償のための「医薬品副作用被害救済基金」だった。
エイズ予防法案を通すために、法案反対の中心にいる血友病患者に救済策を出してなだめるという、いわば“アメとムチ”の作戦である。
患者たちは「救済と法案は別」との姿勢を崩さなかったが、法案は一〇月二七日、衆議院の社会労働委員会で野党議員のヤジと怒号のなか、強行採決された。
この時、傍聴席を埋めていた血友病患者からは怒りと悲痛な声があがり、母親たちが、ワッと泣き出した。
私はその場にいて、いたたまれない思いがした。
法案についての世論の関心も議論も高まらなかったことへの枡梶たる思いもあった。
パニックの時には過熱したエイズ報道は、法案論議ではもりあがらなかった。
採決された法案には、「血友病患者は医師の報告義務の対象から除外する」という修正が加えられたため、その後厚生省のエイズサーベイランス委員会の報告には加えられないことになった。
もともと血友病患者は専門医の治療を受け、感染状況は把握されているから、という理由による。
確かに、当時日本のHIV感染者の多くを血友病患者、が占めていたガンの状況はほとんど知られていなかった。
「俺には覚悟があったから。
周りの人間に『お前らロ出すな』って言ってやったわけ。
最初はI.Yから電話がかかってきたのね。
『N放送局に出ていただけますか』って。
俺は出てもトいけど、俺に勝手にやらせるかって言ってね。
出るんだったら中途半端にはやりたくなかったんだよ。
俺が出るんだから、自分で責任を取ればいいこいたし、周りは関係ないわけ。
で、俺は勝手にやった。
」亡くなる直前に出版されたA.Nさんの語りおこし『あたりまえに生きたい』には、私たちの番組に出る経緯がこう書かれてある。
A.Nさんは電話のやりとりのなかで、「感染者が後ろ向きやシークレットで出演し、声も変えているのでは、位犯罪者のような印象を与える。

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